医療法人瑠璃風会 ご挨拶
令和3年9月1日より、うなてクリニックは医療法人瑠璃風会うなてクリニックとして再出発をすることとなりましたことをお知らせします。瑠璃風会の瑠璃は当院のイメージカラーである青色の持つ清潔感や清涼感、力強さを表しています。風は頑張っている人の背中をそっと押してあげるような風や、疲れた人にそっと吹くようなそよ風をイメージしています。
平成27年4月の開院以来、地域の皆様に愛される様に、外来診療・がん検診・在宅医療に取り組んでおりました。なかでも昨年より始まったコロナ禍においては、終末期を迎えた患者様への面会、付き添いが制限されており、自宅で家族のもとで最期を迎えたいという方が多数おられます。その方々の気持ちに少しでも寄り添いたいと思い、在宅医療に力をいれております。訪問看護ステーションの皆様にはいつも助けて頂きありがとうございます。この場を借りて感謝の気持ちを伝えさせていただきます。
医療法人となったことでよりいっそう責任感を持ち、これまで以上に皆様の声に耳を傾け、地域の医療機関や社会福祉施設と連携を密にしながら、地域医療に貢献したいと考えておりますので、これからもよろしくお願いいたします。
令和3年9月吉日
医療法人瑠璃風会うなてクリニック
理事長 宇奈手一司
私の生まれは兵庫県宍粟市です。倉吉よりもさらに田舎の山里で生まれ育ちました。平成5年に鳥取大学医学部を卒業し、第一外科に入局しました。以来、主に鳥取県の病院で研修を積みました。その研修医時代に初めて派遣されたのが、この倉吉市にある野島病院でした。一般病院で医師としてスタートをきったのが倉吉であったわけです。その後は色々な病院で研修を積み、アメリカ留学を2年間終えた後、赴任したのが再び倉吉の野島病院でした。野島病院では外科部長として11年間、外科手術、外来、胃内視鏡検査に従事し、入院患者の術後管理、終末期医療、緩和ケアに邁進しておりました。また救急医療担当医として、救急隊との連携を密にし、中部地区の救急医療の充実に努力してまいりました。
しかしながら病院に勤務する外科医師としての充実感は、計り知れないものがあるとはいえ、子供のころから漠然と感じていた、町のお医者さんになりたいという夢もまた強く意識するようになりました。そこで子供も倉吉で生まれ育ち、第二の故郷とも言えるこの倉吉で、一開業医として新たなスタートを切るという決断をいたしました。
人は皆、病気になれば最高の医療を受けたいと多くの人が思うことでしょう。しかし自分が病気にかかっていることに気づいていない人もまた多いのです。体の調子が悪くなり、病院にかかれば既に手遅れという気の毒な方も多くおられます。なぜもっと早く来ないのか。なぜもっと早く検査を受けないのか。そのような気の毒な方がいなくなるように、私は努力したいと思っています。些細なことでも相談できる医師、気軽に悩みを相談できる医師、適切なアドバイスを送れる医師として、気軽に気持ちよく来院できるクリニックにしたいと思います。
これから人口は徐々に減って行きますが、高齢者の数は増加していきます。全ての高齢者が病院で最期を迎えることができるでしょうか。病院のベッド数には限りがあります。そしてまた自宅でできる限り過ごしたい、畳の上で最期を迎えたいと思っている人も多いのではないでしょうか。私は、在宅医療を通して、そういう方々やご家族の希望に寄り添いたいと考えています。
地域の皆様に愛され、信頼されるホームドクターになれるように、日々研鑽を積みたいと考えておりますので、末永くご支援、ご指導をお願いいたします。
平成27年4月